保良アニキのF1観戦日記その3
金曜日のF1及びサポートレースの、走行イベントが全て終了し、
アニキは、グランドスタンド裏のグランプリスクエアに向かうのであった。
そこはお土産物屋や、イベントスペースが設けられた場所です。
一枚目の写真は、夕暮れ時のグランドスタンドから望むPITエリアの光景。
二枚目の写真は、グランプリスクエア内に展示されていた数あるマシンの中でも
特に思い入れのある1台。
1991年、中嶋悟が引退を表明したとき、最後に乗っていたマシン。
『ティレル020・ホンダ』
その年、中嶋悟現役最後の日本GPという事で、その雄姿を見るべく
アニキは鈴鹿へ駆けつけていた!
当時F1ブーム真っ只中、熱い思いを抱いた15万人の観衆が集っていた。
固唾をのんで見守る中、始まった決勝レース。観客は中嶋の応援一色だった。
しかしレース中盤、マシントラブルによりコーナーを曲がれずクラッシュし
リタイヤとなった。15万の歓声が「史上最大のため息」に変わった瞬間だった。
三枚目の写真は、同じく1991年 『マクラーレンMP4/6』
言わずと知れた、故アイルトン・セナの駆る名機である。
ホンダはこの年から、V12エンジンを投入。チームメイトのゲルハルト・ベルガ―
により鈴鹿サーキットにおいて、向こう10年間破られなかったコースレコードを樹立。
アニキはこの歴史的瞬間にも立ち会う事となった。
この時、チャンピオンシップを争っていたセナとナイジェル・マンセル
ベルガ―を先頭に、二番手セナがマンセルを抑えて走る。という図式が出来上がっていた。
ここで勝たなければ、チャンピオンになれないマンセル。執拗に迫るも、勝ちを焦ったか
10週目の1コーナー、セナに迫り過ぎダウンフォースを失いコースアウト。
砂塵を巻き上げストップ&リタイヤ…(アニキはこの砂塵を浴びたのだ!!)
この瞬間、ワールドチャンピオンの座がセナに決定。
そんな瞬間に立ち会ったことのあるマシン達に再会し、また感動のフラッシュバックに
襲われ、涙をこらえきれないアニキであった。
まだまだ引っ張る! 予選の模様はまた今度(^^)v
担当:保良




